AU HASARD x space S x ERI TANAKA

2 つ の ギ ャ ラ リ ー と 1 人 の 作 家 に よ る 試 み

 

 

田 中 江 里 展

 

石 ・ 音 ・ 道  sound sculptures―

 

 

 田中江里は、日本で彫刻を学んだ後、ミュンヘンで音楽、特に打楽器を学んだ異色のアーチストである。
彼女の作品は、彫刻でありながら、楽器のように音を出すこともできる。 しかし、それは演奏を目的とした楽器とも、また、いわゆるサウンドオブジェとも異なるように思われる。 彼女のパフォーマンスをみると、演奏というよりも、作品を叩き音色を聞きながら石という素材と対話しているように感じられる。

 彫刻における素材の物質性への関心は、20世紀の初めころから始まったと考えられる。 最初は、それは、単に素朴な中世職人の精神への回帰を目的とした直彫りの再評価というかたちをとっていた。 しかし、この傾向は次第に素材を単なる表現のための媒体として服従させるのではなく、人間と同じく世界内に存在する物質とみなし真摯に対話することで内在するフォルムを抽出するといった抽象彫刻へとつながる考え方を生み出していくこととなった。 ここにおいて伝統彫刻の基本的な概念が大きく変わったわけだが、田中の作品にもそのような意図が含まれているように思われる。

 今回、田中は、展覧会が始まる南のAU HASARD には、巨人の足跡をイメージした作品を展示し、北に位置するspace Sはそれを受けて人類をイメージした作品を展示するという。 田中によれば、それは「ものの初めと終わりをつかさどる古代ローマの神ヤヌスの見守るなか、初めの門であるAU HASARDの南門を南南西からやってきた巨人とともに人々が通り、その人々とつれだって、 終わりの門であるspace Sの北の門へと集まって来る」ことをイメージしているという。 これを読んで、今は住宅街になってしまったこの多摩川へと続く丘稜地帯で古代の人々もこのような宇宙と交信する祭祀をおこなっていたかもしれないと思った。 そこで人々は石を叩きながら自然や宇宙と調和し共生することを願ったかもしれない。 おそらく、このような古代への勝手な夢想は、近代人の喪失感が生み出した幻想でしかないことだろう。 なぜなら、美術館という近代の制度のなかで、多くの美術作品がもとの文脈から引き離され標本箱の昆虫のように無菌の白い箱に固定され、本来の生命力と魅力を失ってしまってから久しい。 住宅街のふたつのスペースを使っておこなわれる今回の展覧会は、そのような作品に本源的な生命力を取り戻させる試みとなるかもしれない。

美術評論家  近 藤 幸 夫

 

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